http://www.hokkoku.co.jp/jisyoh/hjisyoh.htm - Feb 6, 2012 11:36:26 PM - Dec 5, 2004 2:53:59 AM
2012年2月7日
英国(えいこく)のエリザベス女王が在位(ざいい)60年を迎(むか)えた。1952(昭和27)年に25歳で即位(そくい)して現在85歳になる今の天皇陛下(へいか)が皇太子(こうたいし)時代に戴冠式(たいかんしき)に列席(れっせき)。昭和天皇も大正期の皇太子時代の訪英(ほうえい)で、エリザベス女王の祖父(そふ)ジョージ5世から「君臨(くんりん)すれど統治(とうち)せず」の立憲王政(りっけんおうせい)の在(あ)り方(かた)を学んだという。日本の皇室とも縁(えん)の深い英王室である
今、日本では女性宮家(みやけ)や女性天皇の是非(ぜひ)が論(ろん)じられ、英女王の存在が注目されている。例外はあるが、洋の東西を問わず、男性の国王が多いのは、王が戦争(せんそう)の前面に立って戦(たたか)う歴史があったからだ。国王とはかつて戦争の象徴(しょうちょう)でもあった
金沢に来たこともあるサッチャー元英首相の伝記映画(でんきえいが)「鉄の女の涙(なみだ)」が近く公開される。予告編(よこくへん)をみただけだが、フォークランド紛争(ふんそう)の際(さい)に「戦争の経験もないあなたが」と開戦を責(せ)められる場面があった。サッチャー首相は答える。「私の人生に戦わなかった日など一日もない」
家庭(かてい)でも社会や政界(せいかい)でも、女性には男の何倍もの厚(あつ)い壁(かべ)がある。女王陛下の60年も、世界中の女性に共通する長く苦しい戦いの連続(れんぞく)だったかもしれない。
2012年2月6日
雪という字を見るのは、もううんざりなのだが、魚へんに雪の「鱈(たら)」は別だろう。能登でタラ豊漁といううれしい記事が載っていた「鱈」は日本で生まれた漢字と辞書にある。雪がおいしさを運ぶ魚。北陸の食いしん坊が作った文字に違いない。風が止まると「凪(なぎ)」、木を吹き抜けて「凩(こがらし)」。センスの良さが光る和製(わせい)漢字がいくつもある
外国生まれのものを上手に日本流に使う。あんパンやライスカレーを作った達人が、文字の世界にもいた。やたら難(むずか)しい外来語(がいらいご)や和製英語を使って偉(えら)そうにしている連中に、見習ってもらいたい
ドキッとする和製漢字もある。女に鼻を添えて「嬶(かかあ)」。妻でも娘でもなく、なぜ「かかあ」か。どうして鼻なのか。ご想像にお任せとばかり、手元の辞書に理由は書かれていない。無礼に思える漢字もある
「峠(とうげ)」(これも和製)を越えたドカ雪が、また来るという。鼻息荒(あら)く夫に除雪を促す妻、母や娘の鼻息をうかがうように、除雪に精出す男たち。雪に鍛(きた)えられて、雪国の女性は強い。失礼ながら、鼻っ柱も丈夫(じょうぶ)で、雪の暮らしを支える。頼もしい限りである。
2012年2月5日
地下鉄の階段(かいだん)を下りてびっくりすることがある。延々(えんえん)と通路(つうろ)がのびている。改札口(かいさつぐち)ははるか遠くで見えない地方の都市なら途中にバス停(てい)があってもおかしくない距離(きょり)だ。東京の人はよく歩く。乗(の)り換(か)え先を目指(めざ)して駅から駅へ黙々(もくもく)と歩いていく。大都会は便利(べんり)だから歩くことが少なく、地方は不便でよく歩くというのは思いこみに過ぎない
現実(げんじつ)はその反対だ。先日発表された「国民健康(こくみんけんこう)・栄養調査(えいようちょうさ)」が、そうした先入観(せんにゅうかん)の誤(あやま)りを数字で証明(しょうめい)した。一日あたりの歩数のベスト3は男女ともに兵庫、東京、神奈川が占めた。大都市の健脚(けんきゃく)を数字が物語っていた。逆(ぎゃく)に少ないのは鳥取、山梨、青森などの地方が並んだ
皇居(こうきょ)の周囲をジョギングする人の多さにも感心する。休日には電車に乗ってやってきて駅近くの銭湯(せんとう)に入ってから帰る人までいるという。わざわざ皇居に来なくても、走りたければ自宅の周辺を走っていればいい。都会人の健康志向に脱帽(だつぼう)だ
都会暮(ぐ)らしは不健康(ふけんこう)で地方は健康という固定観念(こていかんねん)がいけない。足もとにある美しい自然や環境(かんきょう)も、気付(きづ)かなければ存在(そんざい)しないに等しいということか。
2012年2月4日
沖縄防衛局が鬼門(きもん)扱いだ。というより野党(やとう)の標的(ひょうてき)は田中防衛相(ぼうえいしょう)にあるのは見え見えだ。ここ数日の国会答弁(とうべん)をみていると、それも自業自得(じごうじとく)の感がする大臣席の後ろに控(ひか)える秘書官(ひしょかん)から次々とメモがでる。「二人羽織(ににんばおり)か」とヤジがとんだ。寄席(よせ)の「二人羽織」で、そばを食べる芸がある。羽織(はおり)の後ろからでる手が、前の芸人(げいにん)の口の位置(いち)がわからないので顔にそばをぶつける
「国会寄席(よせ)」でもちぐはぐさが鮮明になって失笑(しっしょう)を買う。先の本紙記事には「腹話術(ふくわじゅつ)か」との指摘(してき)もあった。天下の防衛相が自分の言葉で話さず、影(かげ)からの手やメモが主人公だから、笑いを通り越して怖(こわ)くなる
そこへもってきて自民党は石破、小池の元防衛相がクイズさながらの質問で攻めたてるから無残(むざん)なことになる。本会議では、義父(ぎふ)の田中元首相との違(ちが)いを聞かれたこともある。防衛相は元首相の国会答弁の上手さをあげ「自分にはそれがない」と答えた
愚問(ぐもん)である。比較する方がおかしい。どんな答えを期待したのか。答える方も答える方だが、聞く方も聞く方だ。議事堂(ぎじどう)にむなしい時間が流れている気がしてならない。
2012年2月3日
季節の分かれ目だから「節分(せつぶん)」だそうで、これで冬は終わり。そう言われても、この雪景色と連日の雪すかしである。どこが春か、と言いたくなるそれでも「どこかで春が生まれてる」と、かつて歌った。短い歌詞に、「どこかで」が5回も繰り返される。目をこらし、耳を澄(す)ませば、かすかに春の気配が伝わってくる。いい年をして、今ごろになると口ずさむこともある
いまは「山の三月そよ風吹いて」と歌うという。学校では「そよ風」でなく「東風(こち)吹いて」と教わり、そう覚えている。「こーちー」と引っ張るのは歌いにくい。「こち」という古めかしい言葉も、もうはやらない。だから、「教育的配慮(はいりょ)」で歌詞が変わったのだろう
だが、とりわけ北陸では、強い北風がふと東の風に変わって、春の訪れを知る。そよ風が吹けば、「どこかで春」どころか「どこもかも春」である。歌詞の手直しは、地域の風土(ふうど)が分からない東京発の改悪か。けしからんと思う
季節の移(うつ)ろいに鈍(にぶ)くなる首都圏(しゅとけん)から、いらぬおせっかいはしてほしくない。地方にいると時々、「中央」の連中のおかしさが見えてくる。
2012年2月2日
橋が雪の重みで崩壊(ほうかい)した。長野県栄村(さかえむら)の出来事が大きく報道されている。昨年3月の震度6強の地震で破損(はそん)したところに3メートル近い雪が積(つ)もったためだという地震は時を選ばない。阪神大震災のように酷寒期(こっかんき)のやみの中でおきることもある。東日本大震災が夜間に発生していたらと思うとぞっとする。津波から逃(に)げる道は分からず、被害(ひがい)は何倍にもなったに違いない
防災訓練(ぼうさいくんれん)は、地域の最悪条件(さいあくじょうけん)を想定(そうてい)して行うほうが現実的だ。北陸なら、大雪で屋根に雪が積もった状況を想定して行う。屋根雪の重さによる破壊力(はかいりょく)は想像以上だろう。避難路(ひなんろ)もふさがれている。消火栓(しょうかせん)は確保できるか。これまで積雪時(せきせつじ)の大地震がなかったのは不思議(ふしぎ)なほどだ
季節も時間も同じ全国共通の避難法などあろうはずがない。防災訓練はその土地固有(こゆう)の気象(きしょう)や時間帯を考えてほしい。政府や自治体の防災教育ではまれに指摘されているが、いまだ大雪の中での震災対策や訓練は具体化していない
きょうは積雪のピークという。柔(やわ)らかな雪も一夜で凶器(きょうき)になる。北陸に住む者には雪災害(ゆきさいがい)のこわさを伝える責任がある。
2012年2月1日
2月に入って雪も寒さも一区切り。そう願ったが、あいにくの北陸の空である天を恨(うら)みたくなるが、1年を12の月に区切るのは、暮らしの都合でわれわれが作ったものである。暦(こよみ)を勝手に作っておいて、寒い日が長いと文句を言っても、天にすれば「おれの知ったことか」だろう
それでも、区切りや締め切りは暮らしにリズムを生む。日や時を区切って約束を果たす。締め切りが近づけば、馬力(ばりき)を出す。まだならば、気分は楽。わが仕事も締め切りだらけで、他人に厳しくわが身に甘い身勝手さを知るのも、締め切りがあるからこそ
ある作家に原稿を頼んだが、締め切りの日になっても届かない。電話で催促(さいそく)したら、「ところで、本当の締め切りはいつなの」と言われて、たまげたことがある。確かに、締め切りのサバを読むヤツ、締め切りの駆(か)け引(ひ)きに熱を上げる連中もいる
テレビで国会中継をやっている。「一体改革待ったなし」の論戦というが、さほど緊張感は伝わらぬ。われらがフトコロを狙う増税論が燃え盛るが、ふに落ちないことも数々。「本当の締め切りはいつ」と問い返したくもなる。
2012年1月31日
横断歩道(おうだんほどう)は都市のバロメーターだ。通行量で商店街の景気(けいき)が、通行人の歩くスピードで土地柄(とちがら)や市民性まで分かるJR大阪駅前の横断歩道は、信号が変わるのを待ちきれない群衆(ぐんしゅう)が赤信号の中を動き始めることで有名。浪花(なにわ)っ子の性格や、みんなで渡(わた)ればこわくない大衆心理(たいしゅうしんり)が見え、社会学の定点観測(ていてんかんそく)の場にもなっている
東京駅の丸の内側の横断歩道は、通勤時(つうきんじ)の人の波が経済ニュースの背景にしばしば利用される。マスクを付けた人を写せばインフルエンザ流行の目安(めやす)にもなる。東京と大阪二つの横断歩道を重ねると東西文化の違(ちが)いまで見えてくる
金沢の香林坊に2カ所あった横断歩道の通行量が、最近変化していると指摘(してき)する人がいた。新しい商業ビルの誕生(たんじょう)したことによる移動だ。武蔵(むさし)では近江(おうみ)町市場(ちょういちば)の近代化で横断歩道の通行量が大きく変化した。富山のデパートが改装(かいそう)した時も同じだった
香林坊・片町と武蔵の二大商圏(しょうけん)が連携(れんけい)する話題があった。人の流れは変わる。横断歩道は商圏をつなぐ大切な橋(はし)だ。その都市らしい個性的で渡りやすい「橋づくり」にもっと工夫(くふう)があってもいい。
2012年1月30日
何度も挑戦(ちょうせん)して、何度も失敗する。これが禁煙(きんえん)というものだ。厚生省が、がん対策で喫煙率(きつえんりつ)を10年で半減させる目標(もくひょう)を立てた。相当高い目標数字だその数値は「たばこをやめたい」と調査(ちょうさ)に答えた人が全員禁煙すると仮定(かてい)して出したものというから相当に甘(あま)い。日本たばこ産業は「個人の判断に国が介入(かいにゅう)すべきでない」と反対しているが、禁煙の決意というものは心もとないのだから、割り引いて考えればいい
「どーも、すいません」で人気のあった先代・林家三平(はやしやさんぺい)さんは愛煙家(あいえんか)だった。あるとき突然、禁煙した。1974(昭和49)年、フィリピンのルバング島から小野田寛郎(おのだひろお)元少尉(もとしょうい)が帰国したのがきっかけだった
戦後30年、日本人が繁栄(はんえい)を満喫(まんきつ)している時代に、小野田さんの姿はショックを与えた。同年配の師匠は期するところがあったのか禁煙した。夫人の海老名香葉子(えびなかよこ)さんによると、帰国後の小野田さんを自宅に招いたこともある
それだけ固い決意をしたのに、三平師匠は、いつのまにか愛煙家に戻ってしまったという。これが本当の「すいません」。禁煙はむずかしいという一席(いっせき)だ。
2012年1月29日
目が覚(さ)めたらドカ雪というユウウツな朝が、これから何度あるのだろう。美しい雪景色どころでない玄関に出ると、雪の上に足跡(あしあと)が道まで点々と往復している。未明に新聞配達の人が歩いた跡に違いない。その足跡を踏んで道に出る。配達の人はひざまで雪にうまったに違いないが、足跡をたよりにすれば、雪に「ゴボる」ことは少ない
「道筋をつける」という言葉のありがたさが、雪の朝にはよく分かる。道に出れば、足跡はだいぶ踏み固められて歩きやすくなっている。早起きの近所の人たちに感謝である
言うまでもなく、足跡をなぞって歩くのが雪道の常識。足跡の間隔(かんかく)が短いと、強い向かい風に足を踏ん張って歩いたのかと「先人(せんじん)の苦労」を思う。後ろ姿の美しい人が前を歩いていると、その足跡をなぞるのが、なぜか楽しくなる
雪のない方が歩きやすいに決まっている。難儀(なんぎ)な雪ではあるのだが、「足跡を踏む」という新雪の朝の気分は悪くはない。雪も風も冷たいが、足跡からはぬくもりが伝わる。あと何度、そんな雪の朝を迎えるのだろう。楽しみなようであり、もう結構という気もする。