http://www.isenp.co.jp/taikan/taikans.htm - Feb 6, 2012 10:40:55 PM - Dec 4, 2004 1:09:18 PM
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▼シカが獣害のナンバー3だと初めて聞かされた時は意外な気がした。奈良公園で子どもと遊ぶ姿と重なったからだが、奈良のシカが暮らす奈良市の若草山に自生する芝は他の場所で確認例がない固有種で、シカに食べられても食べられても次々と葉を出し、成長するのだという ▼「千年以上かけた特異な進化はまるでガラパゴス」と、調査した京都府立桂高校で指導した片山一平教諭。単に独自の進化だけでなく、シカと共生して進化してきたらしい
▼種子は固く、シカの胃で適度に消化されてからフンとして排出されるため、発芽できるし、生息地も広げる。花と昆虫の関係だ。スギやヒノキの新芽を食べる、角で木の樹皮をはいで枯らせるし、下草を食べるから土砂も発生しやすい。人にも自然にもこれほど始末に負えないやつはいないという話ばかり聞かされてきたから、少しほっとする
▼シカの獣害は大繁殖が原因だが、この二十年ほどで顕著になった。なぜ大繁殖したかは各説ある。天敵不在説は異論がない一つだろう。どうして天敵がいなくなったか。山の豊かな生態系の変化であろうし、スギの植林が増え、どこもかしこも人工林になったも一因に違いない
▼バッタが大量発生すると飛翔能力を高めて大集団となり、植物を食べつくす。大繁殖は自然環境に猛威を振るうが、シカのような大型獣で起きるのは一つの理由だけでなかろうし、人間の関わりが大いに疑われる
▼シカ以上の人口爆発が深刻だが、花粉症が問題になってきたのもこの二十年ほど。スギだらけの山奥では、案外花粉症にはならないらしい。
[戻る] 2012年2月6日(月) [ホーム]
▼よくある行政と市民のすれ違いということか。津市にとって、閉鎖中の美杉小学校で卒業式だけは行うことについての保護者対象の説明会は、式の運営方法などを説明するつもりだったのだろう。保護者らは子どもの安全が保障されるのかが、一番聞きたかったに違いない
▼対策工事の前提の調査を県に委ねている段階で、津市に安全を語る何の根拠の持ち合わせもない。裏山の亀裂に「動きがなく落ち着いている」外観を唯一の頼りに消防職員、警察署員、市職員らで厳戒態勢を敷くという
▼そこまでしてなぜ、と保護者から声が上がるのは当然。「卒業生と話し合いを」の要望も。厳戒態勢が、逆に児童の心に不安を刻み込ませはしないかという心配だろう。市当局は「市で真剣に考えた結果」だとし「素晴らしい式と言ってもらえるようにしたい」。かみ合わない。さぞ保護者のいらいらが募ったことだろう。同情の至り
▼もともと保護者は、緊急避難で旧太郎生小で学ぶ児童の一刻も早い美杉小復帰を望んでいた。しかし前葉泰幸市長は、亀裂発見から一週間後の昨年十月の記者会見で「熱意だけではどうしようもない」と突き放し、対策工事の長期化を示唆。翌十一月に美杉自治会連合会が「せめて卒業式は美杉小で」と要望したのに対し、調査継続の方針を示し「卒業式には間に合わない」ときっぱり
▼今年一月十七日になって急に「思い出深い学び舎(や)から送り出したい」と言い出しても追いつかない気がする。市長選で一枚看板だった「防災対策」だが、所せんはのどもと過ぎればの底の浅さを疑われかねない。
[戻る] 2012年2月5日(日) [ホーム]
▼農業委員会への農地転用届に、四日市市の開発許可書の偽造コピーが添付される事件が相次いだ。市長印があり「原本確認すべきだった」というのが市農業委事務局長の「反省」。同市は開発許可が下りてから農地転用届を申請する順番らしい
▼「農地崩壊の元凶の一つが首長」と元農水省事務次官が苦々しげに語っていた。地域振興の実績狙いで、何かにつけて優良農地を宅地に変えたがる。地元の権力者の前に農業委員会の力はあまりに脆弱(ぜいじゃく)。「しっかり支えなければ」
▼開発許可が下りなければ農地を転用する意味がない。農地転用ができなければ開発許可は絵に描いた餅になる。あちらを立てればこちらが立たず。大方は並行申請だが、四日市市は開発許可優先。「市長が許可している。もし恥をかかすようなことになればどうなるか分かるな」ということか
▼市農業委事務局長が「他の部局との情報共有を密に」と改善策。密にしていなければ、審査は名ばかりの憶測を招くこともなかった
▼鈴鹿国際大学が学校敷地として元三重大農業試験場跡地の払い下げを受ける時、大蔵省と文部省(いずれも当時)の許認可権が衝突した。大学でなければ国有地の払い下げは認められないが、敷地など固定資産がなければ大学の認可は下りない。両省をうまく調整した功労者がいたようだ
▼どうせ名ばかりになっている開発許可と農地転用申請。切羽詰まった民間業者の切ない生きる知恵を刑事告訴とは自分に甘く他人に厳しいお役所らしくはあるが、お役所仕事を疑われかねない。そうせざるを得なかったのかもしれない。
[戻る] 2012年2月4日(土) [ホーム]
▼「ナンセンス」とはまた懐かしい。橋下徹大阪市長が河村たかし名古屋市長の「政策税」に対して放った言葉だが、学生運動華やかなりし昭和四十年代、学生側が当局の主張を一蹴する時などにひんぱんに使われた
▼橋下市長が生まれたころだからむろん記憶にあるまいが、橋下市長はツイッターで「今の段階で増税か減税かを表明するのはナンセンス」。「無意味」「ばかげている」の意味だろうから、主題の中身を論じ合う手間をはぶいて一言で手っとり早く非難するかつての使い方に似ていなくもない
▼「守旧派」「抵抗勢力」「刺客」「政権交代」など、いわゆるワンフレーズポリティカルが閉塞(へいそく)感打破の魔法の言葉としてしばしば日本の進路を決めてきた。橋下市長の「大阪都」も間違いなくその一つで、「ナンセンス」にも、それなりの理由はある。「まずはどのような社会システムを作るのか。住民税が下がるかどうかはちっぽけな最後の話」
▼「入るを量りて出るを制す」は財政の基本だが、大量の国債の発行や消費税増税など、現実は「出るを量りて入るを制す」。橋下市長も「出るを量」らず「入りを制す」のはナンセンスというのだろうが、どちらにするかは政策の問題で大小ではない
▼行政需要の多様化で「入るを量る」の優先は非現実的という考え方はあるが、県の予算編成の場合、毎年マイナスシーリングを実施し、浮いた財源を新規事業に充てる。その結果、目先を変えただけで中身は同じと指摘される事業が少なくない。ナンセンスな話。5%減税ぐらい、県では毎年できた気がしなくもない。
[戻る] 2012年2月3日(金) [ホーム]
▼強い寒気が流れ込み、北部に大雪の恐れと本紙気象予想。津市の二日も雪が舞い、横風にあおられて一時あたりを白く染めた
▼衣類をさらに重ねる「衣更着」が語源というのが二月の古名「如月」の通説。芭蕉も二月十七日、伊勢市宇治の神路山越えで「はだかにはまだ衣更着のあらし哉」と詠んだ。小袖をこじきにやるには早すぎるの意
▼一方、芭蕉が慕った西行は「願わくば花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃」。四日が立春。今日三日は節分で、旧暦二月は春。十五日の西行忌は今の四月一、二日ごろとされる
▼谷川士清は万物が芽生え、生気来る「生更来」説。「節分やつもるに早き町の雪」(久保田万太郎)。早いのは春ではなくて雪。季節感は変わった
▼今年は二月が一日多いうるう年。四年に一度で「オリンピックイヤー」と呼ばれて社会に定着しているが、地球の公転時間と季節とのズレの一日約四分間を修正するためであることは周知の通り。国際電気通信連合で十年来、存廃が争われている「うるう秒」は地球の自転時間の遅れとの調整法
▼天体観測から原子の振動数へ、時計の基準が移行したことが発端で正確に時を刻む原子時計と年々遅れる自転時間との間に約一秒ほどズレが生じる。五十年間で三十秒程度だから影響はない、むしろコンピュータートラブルが心配と米国、日本が廃止論で、時は自然の動きから遊離すべきではないと英国、中国らが存続論。結論は三年後に持ち越された
▼ことは文明論の対決ともいえそうだが、日本人はともかく、日本は季節感から遠ざかる傾向にはある。
2012年2月2日(木)
▼欧州の経済危機や円高などで経営の先行き不透明感を受け、キヤノンの御手洗冨士夫会長が社長に復帰する ▼平成七年の社長就任時は二十三年間という米国駐在経験が長すぎて、いとこで創業家直系の先代の早世がなければなかった人事といわれた。今回は、逆に国際感覚が期待されるということか。何が幸いするか分からない ▼パソコンから撤退し、デジタルカメラやプリンターを主事業とする「選択と集中」で業績を上げた。今は「ベテランに任せるのが一番」という経営判断という。四年前に七十八歳で社長に復帰したスズキの鈴木修会長兼社長に次ぐ七十六歳。高齢化社会の中で老人パワー健在なりだが、御手洗氏といえば、経団連会長時代に同社を巡って発生した違法請負問題や巨額脱税事件が有名 ▼国の経済財政諮問会議で「法律を守るのは当然だが、請負法制に無理がある」などと発言。野党時代の枝野幸男経産相が「自分の会社で違法行為をやっているトップが、合法になるようにしてくれなんて言うのはむちゃくちゃだ」と衆院予算委であきれていた ▼キヤノン大分工場などを舞台とした脱税事件では、幼なじみで
[戻る] 2012年2月1日(水) [ホーム]
▼「この紋所が目に入らぬか」は水戸黄門の印籠。威張りくさっていた悪代官も、気安い口をきいていた善男善女も、仲良く「へへーっ」と這(は)いつくばることになるのだが、ひとり「それがどうした」とふんぞり返っているおもしろさが、県議会の調査機関「議員報酬等に関する在り方調査会」の中間報告書にはある
▼「この財政難が目に入らぬか」のひと言で年金だろうが医療費だろうが、有無を言わせぬ負担増。国では消費税増税とその見返りの公務員給与、議員報酬削減へ。県では歳入不足を県職員などの給与で穴埋めする考え。削減率をコンマ以下でじりじり下げ、交渉が大詰め。どこを見回しても気が重たくなる話ばかりの中で、在り方調査会は、県議の報酬を7・95%増、六・六万円も引き上げるのが相当と報告したのだ
▼「法は議員は非常勤としているが、専念しないと議員活動はできない。大きな転換点」と座長の大森彌東京大学名誉教授。世間の空気などからは超然としているのがいい。実現性は「政治的判断と思う」。そんなことは我関せずということだろう
▼むしろ報告を受けた山本教和議長が、感想は「差し控える」。「あり方はこうだ。あとはそちらで」と突き放された気がしたのではないか
▼鈴木英敬知事が給与を月額三割、期末手当五割削減。退職金も支給しないなど目いっぱい「政治的判断」をしている。同じ公選職として「在り方調査会」や「特別職報酬等審議会」任せで思考停止というわけにはいくまい
▼「ちょっぴりマイナスで報告してくれれば」と内心ぼやきたい気持ちかもしれない。
2012年1月31日(火)
▼頭にちょんまげを乗せる唯一の伝統様式を保つ大相撲界があまり近代化するのも興ざめだが、二期連続投票になった理事選の結果、北の湖親方が史上初めて理事長に返り咲いたというから、新風が吹いているのか旧態依然か、判然としない ▼北の湖親方は弟子の大麻問題発覚で、これも史上初の任期途中での理事長引責辞任となってからは四年が経過しているが、昨年四月には弟子の八百長関与で、理事から役員待遇に降格になったばかり。いずれも大相撲界の存続さえ危ぶまれる大事件の中心に関わって表舞台から退いた。放駒理事長(元大関魁傑)が
[戻る] 2012年1月30日(月) [ホーム]
▼菅政権の幹事長に就任して、岡田克也氏が職務として真っ先に挙げていたのが、代表選で真っ二つに分かれた党内のまとめ。若手議員と飯を食うなど「手間暇かけている」と語っていたが、若手からは「何を話しても徹底的に論破され」不評だと報じられていた ▼「丁寧に、繰り返し説明すれば分かってもらえる」が信条というが、岡田副総理の講演は、確かに説教されている感覚にさせられる。「税と社会保障の一体改革」がテーマの連合三重の政治セミナーで、国民の理解を求めるというより「地方も身を削る努力を」など、注文の方が多かったというのは、参加者が消費税増税の前に改革が必要とされる行政関係者と見たからだろうか
▼「独自の増税も可能」と、地方の財源づくりの可能性にまで言及したが、直面する県職員らの給与削減方針などの具体的事例には「知事と組合で話し合うべき問題」。必要性を強調した国家公務員給与削減とも連動する問題だから、肩透かしされたような気にはなる
▼郵政改革法案の見通しについても「自民党が徹底的に抵抗する」と釈明したという。一昨年の参院選挙で「状況が百八十度変わった」というのが口癖だが、ねじれ国会となったのは同選前の五月で、社民党が普天間問題で政権離脱してから。国民新党との「公党間の約束」は守れる機会はあったのである
▼ねじれ国会は「国民の選択」ばかりではなく、民主党の選択でもあった。目玉政策の後退を「ねじれ国会」のせいにする民主党と、解散を目標に公約違反を追及する自民党。どっちもどっちの気がしなくもない。
[戻る] 2012年1月29日(日) [ホーム]
▼野田佳彦首相が八ッ場ダムの建設継続について「マニフェスト(政権公約)と異なる結論」として衆院本会議で陳謝した。昨年十二月の国交省決定から一カ月半、ようやく国民の前に頭を下げた ▼「書いてあることは命懸けで実行する。書いていないことはやらない。それがルールです」と二年半前の政権交代の総選挙で訴えたことが消費税増税問題に絡んで批判されているが、「検討することまで否定していない」と言い逃れできないのが八ッ場ダム問題だろう。一カ月半沈黙していたことは不思議と言わざるを得ない
▼岡田克也副総理についても同じ疑問を感じる。一昨年十一月、当時の馬淵澄夫国交相が政府の中止方針を撤回した時の党幹事長。マニフェスト総崩れの指摘に「中止決定を変えたわけではない」と反論した。「中止決定がそのままでは地元が話し合いに応じないというのでいったん戻しただけ。馬淵さんの発言を注意深く聞いてくれれば分かるはず」
▼政権交代選挙時の幹事長でもある。小沢一郎代表の辞任に伴う代表選に敗れて急きょ就任し「実はマニフェストをかなり圧縮した」。時間切れだったのが子ども手当の支給額や埋蔵金二十兆円などだが、八ッ場ダムに関してはマニフェストに異存なかったことが先の会見のやりとりでうかがえる
▼「コンクリートから人へ」「中止できない公共事業」など、マニフェストで訴えた象徴とも言える八ッ場ダム中止が主に存廃のどちらが得かの財政論で撤回された。重要課題にはコメントする岡田副総理の沈黙が不思議であり、どう考えるか聞いてみたい。